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A Monster Calls 怪物はささやく

イギリス映画 (2016)

イギリスで児童文学と絵本に与えられる2つの賞を獲得した原作を元に映画化された感動のファンタジー。ルイス・マクドゥーガル(Lewis MacDougall)が、単独主演している。映画は、IMDb7.5、Rotten Tomatoes87%と高評価で、80の賞にノミネートされ35部門で受賞している。当然であろう。主演のルイスは11ノミネートされたが、受賞したのはロンドン映画批評家協会の若手英国俳優賞のみ。こちらの方は、絶対におかしい。ルイスの演技は見事で、もっと評価されてしかるべきであった。監督は、以前紹介した『インポッシブル』のバヨナ監督。子役を使うのが実に巧い。ルイスの見事な演技も、バヨナ監督の賜物であろう。映画のもう1人の主役が怪物。ルイスが演じるコナー少年の家の裏手にある丘の頂上に聳える樹齢千年を超えるイチイの巨木の「精」だ。といっても実在するわけではなく、あくまでコナー少年の目にしか見えない。だから、怪物が現れると、大きな図体であちこち壊れるが、それはコナー少年の目にそう映っているだけで、実際には壊れてなどいない。映画の中で、怪物は3つの物語をコナー少年に聞かせるが、2つ目の物語で行われる破壊行為は、怪物がやったのではなく、怪物と一緒に別の物を壊していると思い込んだコナー少年が自分で壊しただけ。お陰で、コナーは辛い立場に立たされる。それは、3つ目の物語の時も同じで、コナー少年は結局とばっちりを食わされる。それでは、なぜコナー少年の前に怪物が現れたのか? それは、病名は明らかにされてはいないが、明らかに末期の肺癌で、治療の選択肢がどんどん減り、死に直面している母を見て、悩み苦しむコナーを救うため、もっと端的に言えば、母との死別という、子供にとって最悪の危機を何とか乗り越えさせるためだ。誰が怪物を出現させたのだろう? 怪物の姿が、昔、母の描いた絵とそっくりということは、自分の死よりも、息子に離別の悲しみを与えることの方を心配する母の心が、呼び出したものであろう。極限の母の愛の結晶だ。ただ、それにしては、怪物の物言いは厳しい。コナー自身の心理状態を極限まで追い詰めることで、心を解放させ、母の死を甘受させている。映画全体に悲壮感が漂うのは、乳癌で死亡した児童文学作家の未完の原稿を元に、別の作家が完成させたという原作の因縁によるものであろう。そういう意味では、とても子供向きとは思えない、暗く悲しい作品だ。なお、怪物の英語は省略が多くて分かりにくいため、訳にあたってはプラスαを加えて意訳した。

コナーの母は、末期の肺癌で、色々な治療を試みても悪化の一途を辿る。自宅と病院を往復し、帰宅時は床に臥せっているだけの母の存在は、コナーに暗い影を落としている。その「心ここにあらず」的な態度から、学校では陰湿な虐めに遭い、安らげるはずの夜は、崖っぷちで母の手を離すという悪夢に悩まされる。そんなある夜、コナーがスケッチブックに絵を描いていると、窓から見える丘の上のイチイの木が怪物に変身してコナーの前に現れる。そして、「3つの物語を聞かせてやる。それが終わったら、次は、お前が語る番だ」と、奇妙な言葉を投げかける。コナーには、それが現実なのか、悪夢の一環なのかが分からない。しかし、朝、起きてみると、別の悪夢が待っていた。それは、母が入院し、その間、大嫌いな祖母の家に泊まらされるという話だった。その夜、怪物は再びコナーの前に現れ、最初の物語を聞かせる。それは、絶対的な善も、絶対的な悪も存在せず、人は その中間のどこかにいるという不思議な内容の童話だった。コナーには、緊急時に、なぜそんな話を聞かされなくてはならないのか、全く理解できない。祖母の家に移ったコナーは、母の病状の悪化を聞き、何とか救えないかと、怪物を呼び出す。怪物は2つ目の物語を聞かせ、その中で、「信仰なき信仰の者」を激しく罵倒し、その「者」の館を徹底的に破壊し、コナーにも手伝わせる。しかし、コナーが気付くと、壊していたのは祖母の大切な部屋だった。しかも、母の治療はまたも失敗する。コナーにとって唯一の明るい知らせは、次の(実は、残された最後の)治療薬がイチイの木から作られていること。コナーは、これこそ、イチイの木の怪物が現れた理由だと勝手に確信する。しかし、救いの手を差しのべてくれるはずの怪物はなかなか現れない。ようやく現れたのは、コナーが虐めのボスから、もう虐めの対象にすらしない、「俺にとって、お前は透明なんだ」と宣言された時だった。怪物は、「3つ目の物語の時が来た」と言い、人々に無視された男の復讐の話をすることで、コナーを扇動し、ボスに殴りかからせる。お陰で、コナーは他の生徒から避けられる存在になってしまった。ここまで、怪物は、何一つコナーのプラスにはならなかった。そこに、病院から緊急呼び出しがかかる。そして、母から、最後の望みの綱のイチイの木の薬も効かなかったと知らされる。母を待つのは死のみだ。激怒したコナーは、丘の上のイチイの木に直談判に行く。怪物を激しく非難するコナーに対し、怪物は「4つ目の物語の時間だ」と宣告する。そして、コナーは、これまで悪夢で見てきた「崖っぷちで母の手を離す」という最悪の体験が、現実のものとなる。怪物は、この悪夢の背景にあるコナーの真実(心の奥底に隠してきた本心)を語れと何度もくり返す。コナーが遂に漏らした真実は、「終わらせたかった」という言葉。それは、いつか来るであろう母の死をじっと見守るだけの苦行者のような日常を「終わらせたい」という、隠された願望だった。それが、悪夢の中で、くり返し母を死なせていたのだ。この告白により、コナーの重苦しい心は解放され、母の死と正面から向き合う勇気が与えられる。そして、その日の夜に母はこの世を去る。コナーは怪物に見守られ、「逝かないで」と心情を吐露し、母に抱きつき、安らかに逝かせることができた。死後、祖母から与えられた母の若き日のスケッチブックには、コナーが会った怪物が描かれていた。これにより、怪物は、母の優しい心が、コナーを苦しませまいとして呼び出したものだと分かり、コナーは母への想いを新たにするのだった。

ルイス・マクドゥーガルは、より子供向きの映画『PAN/ネバーランド、夢のはじまり』(2015)が映画初出演で、その時は、孤児院でのピーターの相棒だった(写真)。可愛くはないが、主演のリーヴァイ・ミラーより演技は達者だった。本作品では、その才能を開花させ、子役としてベストに近い名演を見せてくれる。


あらすじ

コナー少年は、恐ろしい夢で目が覚める。コナーの声で、独白が入る。「この物語、どんな風に始まるの?」。その時、時計は、12時7分に変わる。すると、太く深い声の独白が後を引き取る。「始まりは、他の多くの物語と同じだ。1人の少年がいる… 子供というには大きく、大人というには小さい。そして、悪夢…」。コナーは、部屋の窓から見える、丘の上のイチイの巨木と 小さな教会を見ている。それは、タイトルでも表示される。そこにも、イチイの巨木と小さな教会が描かれている。翌朝、コナーは1人で服を着て、ベッドを整える。キッチンに行くと、トースターをセットし、洗い物を洗濯機に入れ、棚からジャムを出し、簡単な朝食をとる(1枚目の写真)。まるで1人暮らしだ。乾燥機がとまり、取り出した靴下を履いていると、咳が聞こえる。コナーはドアを少し開けて中を覗く(2枚目の写真)。ベッドでは若い母がぐったりと寝ている。末期の肺癌だ。コナーは、棚から鍵を取る。棚やその後ろの壁には、楽しかった頃の写真が並び、貼ってある。コナーは裏口から出ると、丘を下り、運河沿いに歩いて学校に向かう。遠くには、大きな丘の上に、小さくイチイの木と教会が見える。コナーの家がかなり高台に建っていることが分かる。
  
  

数学の授業では、自然対数の底 e について教えている〔主演のルイスは出演時12歳なので、イギリスでは中学1年にあたる。それなのに、日本では高校レベルの対数を教えているとは、驚きだ〕。しかし、コナーは 授業そっちのけで、色鉛筆で教科書に絵を描いている(1枚目の写真)。1枚めくると、虐めっ子からの、「いつも通り、放課後に待ってるぞ」と書いたメモがはさんである。コナーが嫌な顔で前を睨むと、大柄の生徒が振り向く。虐めのボスだ。その時、教師が、「コナー」と言って近付いて来る。「大丈夫か? 顔色が悪いぞ。ちゃんと眠れてるか?」と訊く。「大丈夫」。「もし、話したいことがあれば…」。「大丈夫」。恐らく、教師は、母の病気のことを知っていて、それで心配しているのであろう。放課後、コナーはさっそく虐められる。誰も来ない一角に連れていかれ、ボスに押されて、地面にうつ伏せに倒れる。手下Aが、「お前 酔っ払ってるのか?」と言って足で蹴る。手下Bは、「これで、禿げの母さんにキスしてもらえるぞ」と笑う〔母親が癌の治療で禿げていることをあげつらうとは鬼畜同然だ〕。そして、手下Aが また蹴飛ばす(2枚目の写真)。ボスは、コナーの首をつかむと、「お前、いつも空想の世界に入り浸ってるだろ。何がそんなに楽しいんだ?」と訊く。コナーが黙っていると、手下Bがコナーの手を踏む。ボスは、コナーを仰向けにし、口をこじ開けて舌を引き出すと、「覚えとけよ、良い子は、告げ口しない」と脅す(3枚目の写真)〔最近の映画では、虐めのシーンをよく見るが、以前より増えているという実態があるのだろうか?〕
  
  
  

その夜、コナーは自分の部屋で机に向かうと絵を描き始める。窓から見える丘と、イチイの木と小さな教会の絵だ。描き終わった時、机の上の時計が、ちょうど「12:07」に変わる(1枚目の写真、矢印は、ピンボケで分かり辛いが 数字の「7」)。それを合図に、写真ではスケッチブックの上に置いてあるオレンジ色のマーカーが左に向かって転がり、机から落ちる。部屋の中のいろいろな物が風を受けてビリビリと動く。コナーは、窓を開けて外の様子を覗う。すごい風だ。木は、怪物に変化し、コナーの方に向かってくる。途中で破壊した街路灯からの放電発光で、一瞬、怪物の姿がコナーのアパートにくっきりと影を作る(2枚目の写真、矢印は窓辺に立つコナー)。怪物は、コナーの目の前に来ると、「コナー・オマリー、お前を迎えに来た」と言い、吠えるように訊く。「なぜ、母親のとこに逃げん?」。「母さんに構うな! お前なんか怖くない!」。怪物は、窓を破ると、コナーをつかんで自分の顔の前に持ってくる。「わしは、これから 何度も来るだろう、コナー・オマリー。そして、3つの物語を聞かせてやる。それが終わったら、次は、お前が語る番だ」。「物語なんか知らないぞ」。「お前が語る物語は、真実となるだろう」。「何のことだ?」。「真実とは、お前が隠し、夢の中で見ているもの。だから、お前の悪夢を話すのだ。それが、お前の真実となる」。「もし、話さなかったら?」(3枚目の写真)。その言葉で、怪物が怒って口を開け、コナーは光に目がくらむ。そして我に返る。部屋はどこも壊れていない。夢だったのだろうか? 
  
  
  

怖くなったコナーは、病身の母のベッドに潜り込み、「5分だけ」と言って、朝まで眠り込んでしまう。朝早く起きたコナーは、昨夜の生々しい夢のことを思い出し、丘に近づいていく。そして、手前にある門のところまで来ると、閉まっていた門扉が自然に開く(1枚目の写真、イチイの巨木と教会が見える)。それを見たコナーは、入るのをためらって門扉を閉める。コナーが戻って来ると、大嫌いな祖母が来て母と話している(2枚目の写真)。祖母はコナーを外させようと、「お母さんにお茶を持って来てあげて。緑茶、砂糖なし。私は紅茶よ」と命じる。コナーがキッチンで用意をしていると、ドアの隙間から2人の口論が漏れてくる。祖母は、「あること」をコナーに話すよう強く促し、母は「いつ話すべきかは自分で決める」と、その要求を突っぱねている。ヤカンの湯が沸騰した時、祖母がキッチンに入って来る。そして、「話があるの」と言う。コナーは、その命令調が気に食わない。「お茶 入れてる」と断る。「コナー!」。「お茶 入れてると、言ったろ」。「私は敵じゃない。お母さんを手助けに来てるの」。「そんなこと知ってる」。「12歳の男の子が、指示されずに調理台を拭くなんてこと、させたくない」。「自分で拭きたい?」。「生意気言わないの」。そして、話題は母の病状に。コナーは、病院で抗がん剤の投与を受けると必ず病気になるが、じき回復すると主張する。コナーは、そのくり返しは、「必要悪」として諦めている。だから、母の気分が明日は悪くなるから、祖母の家に来るべきだと命令されると、「一緒になんか暮らすもんか」と強く反撥する(3枚目の写真)。祖母:「もし、お母さんが…」。コナー:「『もし』 なんてない! 良くなるから、帰れよ!」。その時、何かが倒れる音がする。祖母が急いで見に行くと、母が呼吸困難で苦しんでいる。その場は何とか収まったが、心配なので、祖母は一晩泊まることになり、コナーは自分のベッドを明け渡す。「何も触らないでよ」。「信じなさい。最大限気をつけるから。それと、話はまだ終わっていませんからね」。コナーは、枕と毛布を持って1階に降りていくと、ソファーで眠る。
  
  
  

その夜、コナーはまた、いつもの悪夢にうなされ目が覚める。時間は12時7分。また、部屋の中で風が吹き荒れ、ドアを開けてコナーが外に出ると、そこには昨夜の怪物が待っていた。「遅かったな。最初の物語をする時間だ」(1枚目の写真、矢印はコナー)。「そんなもの聞きたくない」。コナーは背を向ける。「どこに行く気だ? わしは、この土地と同じくらい古くから…」。「何でも知ってるのか?」。「お前のすべてを知っている」。「知るもんか。でなきゃ、夢の中で バカな木から下らない物語を聞く暇なんかないって、知ってるハズだ」。「夢だ? 夢とはなんだ? すべてが夢だと 誰が言い切れるのか?」。コナーは、怪物が何も行動してくれないのに、物語なんか聞いても無駄だと思うが、邪悪な敵を如何に倒したかについて話すと言われたので、渋々、「じゃあ、始めろよ」と言う(2枚目の写真)。
  
  

怪物の物語は、普通の童話のように始まったが、結末は違っていた。王様と再婚して王妃になった悪い魔女は、王様を毒殺し、孫の王子が若かったので王妃が国を治めることになる。王子は、農家の美しい娘と恋に落ちるが、王妃は王子との結婚を目論み、それから逃れようとした王子と娘がイチイの木の下で一夜を過ごすと、朝、娘は王妃に刺殺されていた。怒った王子は国中の力を集め、イチイの木の怪物とともに城を襲い、王妃は姿を消した。しかし、実は、①王は毒殺でなく老衰で死に、②刺殺犯は魔女でなく王子自身で、目的は魔女の王妃を殺し、王国を自分のものにするため、③だから、怪物は、無実の魔女を密かに安住の地へと逃がした。④そして、王子は良き王となって国を治めた、という内容だった。悪者と善人が入れ替わっただけでなく、殺人者である王子も、善政を敷いた(1枚目の写真、繁栄する国のイメージ)。怪物は、「真の善人などいない。真の悪人もだ。ほとんどの人間は、その間のどこかにいる〔Most people are somewhere in between〕」(2枚目の写真)と説明する。しかし、コナーには、物語の要点が分からない。「この物語が、おばあちゃんから、僕をどう救ってくれるんだ?」と訊く。怪物の答えは、質問の前半ではなく、後半に対するものだった。「お前が必要としているのは、祖母からの救いではない」。
  
  

翌日、コナーが帰宅すると、待っていた祖母が、①母が2階で話があると待っている、②離婚した父が日曜にアメリカから来る、③数日一緒に暮らすから荷物の用意をしなさい、の3点を告げる。覚悟を決めて2階に上がって行ったコナーは、「なぜ、おばあちゃんの家に行かされるの?」と訊く。「また 病院に戻るの?」、とも。母は、「前回の治療、うまく効かなかった。だから、他のに 切り替えるの」と説明する。「それだけ?」。「そうれだけよ」。「ホントに?」。「ええ」。コナーは、真剣な顔で、「ちゃんと話してくれる〔You could tell me, you know?〕?」と訊く。言葉を失った母は、じっとコナーの顔を見る。打つ手が尽きかけている、とは言えない。母がなにも言わないので、ある程度事態を悟ったコナーは母に抱きつく。母は「心配ないから〔Everything will be fine〕」と慰めるが、コナーの目には涙が溢れている(1枚目の写真)。不安の はけ口のないコナーは、学校へ行く途中、道路傍のゴミ箱の中身を叩き壊す。そして、学校に着いても、階段に立ち尽くし、生徒たちが次々と脇を歩いて行っても 動こうとしない(2枚目の写真)。コナーは、ボスと視線が合うと、逃げるように立ち去る。虐め3人組はすぐに後を追い、いつもの壁際にコナーの体を押し付ける。ボスは、他の2人が殴ろうとするのを止めさせ、サシで話しかける(3枚目の写真)。「俺たちは、納得し合ってる。お前に手を出せるのは俺だけだ。そうだろ? なら、教えろ。お前は、俺が振り向と、いつも俺を見てる。なぜなんだ? 奇妙だと思わんか?」と言って、頬を引っぱたく。こうして、コナーの憎しみは募っていく。
  
  
  

夜8時過ぎ、祖母はコナーに、「お父さんがくるまで1人でいられるわね?」と訊く。「僕は、5歳の子供じゃない」。祖母は、壁に立てかけられた柱時計を指すと、「時間は正確よ。あなたの携帯やコンピュータやTVのニュースより。私の母、あなたの曽祖母の持ち物で、百年にわたって正しい時を刻んできた」と説明する。さらに、床に置いてあったコナーの荷物を指して、「リュックサックを拾って! あなたのお父さんに、豚小屋に閉じ込めてると思われたくない」と言う。「病院に行っても、お父さんは、ママが疲れているのに気付かないかもしれない。だから、帰国が長くなり過ぎないようにしないと」、とも。一々角の立つ言い方だ。食事に関しては、「卵はダメ。今週もう2回食べたでしょ。お腹が空いたら、冷蔵庫にホウレンソウが入ってるから 蒸しなさい」。こちらも厳しい。そして、最後に、「何も触らないこと」と言って家を出て行く(病院に向かう)。コナーは、1人になると、何とかクッキーの缶を見つけ出し、鉛筆を削って、好きな絵をスケッチブックに描く。描いたのは、昨夜 怪物から聞かされた王子様だ。そして、翌、日曜日。玄関のチャイムが鳴る。ドアを開けると、そこには離婚してアメリカで再婚した父がいた(1枚目の写真)。父は、コナーを遊園地に連れて行く。そして、昼食。「どうしたコナー。顔色が悪いぞ」と訊かれ、「大丈夫。ママは新しい薬を始め、良くなってる。2週間に1回病院に行って薬を血管に入れてもらう。すると数日調子が悪くなって、また良くなるんだ」と答える。父は、コナーをロスに連れて行く計画について話す。コナーはてっきり、父と一緒に住めるかと思って期待するが、父の考えはクリスマス休暇中だけ。コナーはがっかりする。「僕、おばあちゃんと住みたくない。老人の家で、古いものばっかり。何かに触ったり、どこかに座ることもできない。ほんのちょっと散らかすことも許されない」。コナーがどう説明しても、父は受け入れを頑として拒む。父は、レンタカーでコナーを祖母の家まで送る。父は、「お前のおばあちゃんが俺を嫌いだからといって、悪人扱いするな」と話す。「父さんのこと、口先だけで投げやりだって、言ってた」。「自分の意見を持つ権利は誰にでもある」。そして、コナーが「いつまでいるの?」と訊くと、「できるだけ長く」という曖昧な返事。理由は、貧しくて、休暇も長く取れないから。コナーの最後の言葉は、「何で来たのさ?」(2枚目の写真)。父が遊園地で稼いだポイントはゼロになった。
  
  

コナーが祖母の家に帰ると、時計が午後6時を打つ。コナーは柱時計に近寄ると、振り子を止め、文字盤のガラスを開けると、時針を無理矢理動かし12時7分に進める(1枚目の写真、矢印は分針が指す7分)。その瞬間、時針が折れてしまう。そして、急に音がして、室内に怪物の頭が現れる。「2つ目の物語を話しに来た」。「最初と同じくらいひどい?」。「最後は徹底的な破壊〔proper destruction〕で終わる」。そして、物語の要点をコナーに告げる。コナー:「物語は現実じゃないから、役に立たない」。それに対し、怪物は、「物語は、野生の生き物と同じだ。一度放したら、どんな大荒れを起こすか分からん」と曖昧に答える。しかし、先ほどの父との会話で、イライラして何かをブチ壊したかったコナーは、「じゃあ、始めろよ」と言ってしまう(2枚目の写真)。
  
  

物語は、第1話と違い童話ではなかった。舞台は、産業革命期の公害にまみれたマンチェスター。この、人類史上最も激しい変化のあった時代に、マンチェスターの郊外に、変化を拒み昔通りの方法に拘った「薬を売る男〔apothecary〕」がいた。彼を妨害したのは、若き啓蒙家の牧師。教区で信徒に新たな時代の到来を説き、結果的に粗野で欲張りの男の職を奪った。万病に効く薬の原料として、牧師館にあった巨大なイチイの木を切りたいと申し出た男の申し出も、牧師は跳ね除ける。しかし、牧師の愛娘2人が不治の病に倒れ、万策が尽きると、牧師は男の元を訪ね、「娘を救って下さったら、何でも致します」と懇願する。そして、「お前の信じるものすべてを捨てるか」と問われ、「娘を救って下さったら、すべて捨てます」と答える(1枚目の写真)。それを聞いた男は、「なら、お前のためにやれることは何もない」と言って男を見放し、翌日、娘達は死ぬ。この物語に対し、コナーは男の残酷さを責める。しかし、怪物は、「牧師だと? 一体どこが?」と罵倒し、牧師館を壊し始める。「信仰なき信仰の者だ〔A man of faith without faith〕」と叫び、屋根を放り投げる、そして、コナーの前に片膝をつくと、「信じることで、半分は治る〔Belief is half of all healing〕」と諭す(2枚目の写真)。「治療を信じ、これから起きることを信じろ。信じることは大切だ。だから、何を信じるか、誰を信じるかには、慎重でなければならん」。そう言うと、怪物は、再び立ち上がり、「言ってくれ、次に何を壊して欲しい?」と意外なことを尋ねる。「楽しいぞ、保証する。さあ、言ってみろ。どこを壊す?」。コナー:「煙突は?」。怪物の手の一振りで煙突が吹き飛ぶ。面白くなったコナーは、どんどん要求を出し、館はバラバラになっていく。怪物は、ここで決定的な誘いの言葉をコナーにかける。「自分で壊してみろ」。コナーは、怪物の手から折り取った枝をかざして館に突進し、憑かれたように壊し始める(3枚目の写真)。
  
  
  

しかし、それこそが、2つ目の物語の枢要だった。コナーが渾身の力で壊していると、いつしか場面は、祖母の大切な部屋にシフトする(1枚目の写真)。突然、自分のしていることに気付いたコナーは、辺りを見回し、あまりの惨状に泣きたいほど動顛する。その時、祖母が玄関の鍵を開ける音が聞こえる。コナーは半開きになったドアから祖母の姿を見ると、部屋の中に引っ込んで、手に持っていた棒を捨てる。そのガチャンという音に異常を感じた祖母は、恐る恐るドアに近付き、壊れた部屋の中で棒立ちになっているコナーを発見する。祖母は、何も言わずに部屋に入って来ると、床に転がっている柱時計を、愛おしげに触る(2枚目の写真)。コナーは、「おばあちゃん…」と何度も呼ぶが、祖母は、コナーを悲しそうな目で見るだけで何も言わない。祖母は、泣いているコナー(3枚目の写真)の前を無言で通り過ぎると、そのまま部屋を出て行き、ドアを閉める。コナーにとっては、叱られるより、ぶたれるより、辛かったに違いない。祖母の嗚咽が聞こえてくる部屋のドアに顔を付け、コナーは鍵穴から中を覗く。その姿からは、やるせなさが伝わってくる。破壊は、確かにコナーがしたのだが、意図してしたものではなかったので、彼の気持ちは複雑だ。
  
  
  

翌朝、コナーが目を覚ますと、キッチンで音がする。意外なことに、それは父で、コナーの好きな半熟の片面目玉焼きを作っている。父は、「今朝早く、おばあちゃんから電話があって、ママの様子を見に病院に出かけた。急に具合が悪くなったから」と事情を話す。「会いに行かないと」。父は、今は治療中なので、午後にはきっと会いに行けると慰める。最重要のことを話した後で、「かなり壊したようだな」と、惨状を見ながら言う。「そんなつもりじゃなかった〔I didn't mean to〕。いつの間にか ああなってた」。父は、「もっとひどいことはいくらでもある〔Worse things happen at sea〕」と言うが、それでコナーの気が安まるわけではない。「僕を、罰しないの?」。「そんなことして何の役に立つ?」。父は、コナーと一緒に、残骸の片付けを手伝う(1枚目の写真)。床一面に粉砕された陶器やガラスが散らばっていて、昨夜の光景よりも凄まじい。床に落ちていた物の中から、父は、5歳のコナーを撮影したホームビデオを見つける〔後で、祖母が見るシーンがある〕。片付けながらの父子の会話の中で、コナーは、母が芸大に行きたがっていたこと、しかし、妊娠したため断念したことを知る。コナーは、母が絵をやめたのは、自分のせいだとくよくよするが、父が、コナーの描いた王子様のスケッチを見せて、「ママの才能を受け継いで嬉しいよ」と言ったので、幸せそうな顔になる(2枚目の写真)〔コナーが 心から幸せそうな顔をするのは、この時だけ〕
  
  

午後、コナーは、父と病院に行く。最初、父と母は2人だけで会うが、コナーの耳に聞こえてきたのは言い争い。末期癌の患者をこんなに怒らせてはいけない。入れ替わりに病室に入ったコナーは、一番心配していたことを尋ねる。「今朝、何があったの?」。「大したことじゃない。副作用が出ただけ。でも、もう一つ試す薬があるの。すごく良く効く薬なの」〔「もう一つ」という言葉は、次はないことを意味してる〕。「なぜ、最初から使わなかったの?」。「この薬は、他のがダメだった時にしか使わないの」。「それって、手遅れってこと?」。「もちろん、違うわ」。この時、コナーは、昨夜 怪物が言った言葉をくり返す。「信じることで、半分は治る。治療を信じ、これから起きることを信じないと」(1枚目の写真)。母は、微笑んで、「そうね」と言うと、意外なことを話し始める。「いつも話していた木のこと覚えてる? この薬は、その木と同じイチイから作られたものなの」(2枚目の写真)。怪物もイチイの木なので、コナーは、これこそ怪物が現れた理由だと思う。怪物は「万病に効く薬」と言っていた〔「薬を売る男」がそう言っただけで、怪物の意見ではない〕。ならば、今度の薬は絶対に母を治してくれる。コナーの期待は高まる。
  
  

その夜、コナーは期待を込めて12時7分の到来を待った(1枚目の写真)。外で、カーアラームの音が響く。コナーはさっそく外に出るが、いつものように有無を言わせず話しかけてこないので、「どこなの?」と声をかける。「ここだ」。コナーの頭上だ。コナーは、「ママを治してくれるんだね?」と確かめる。「もし治すことができるとすれば、それは イチイの薬だろう」。「じゃあ、イエスなんだ」。しかし、怪物の返事は違っていた。「お前が わしを呼んだ訳が、まだ分かっていないな」。「呼んじゃいない。もし呼んだとしても、それは母さんのためだ」。「そうか?」。「そうだろ? バカな物語なんか聞いたって無意味だ」(2枚目の写真、矢印はコナー)。怪物は、「まだ、3つ目の物語の時機ではない。だが、時は近い。それが終われば、お前の話す番だ」と、以前の言葉をくり返す。「イヤだ! これは ただの夢なんだ!」。「だが、3つ目の物語の後、それは起きる」。「ママに何が起きるのか、知りたい!」。「残された貴重な時間を無駄にするな」。そして、怪物は去り始める。「待てよ! どこに行くんだ? お前が 癒しの木なら、母さんを治せよ!」(3枚目の写真)。
  
  
  

父との最後のドライブ。場所は、ブラックプール(Blackpool)にある1863年に造られた長さ500メートルのノース・ピア(1枚目の写真)。有名なブライトン・パレス・ピアほど娯楽的ではないが、海に突き出た遊歩桟橋だ。この映画はマンチェスターの北部が舞台となっているので、2人がブラックプールに行っても不思議はない。そこで、父は、「戻って来る。約束だ」と言い〔元妻が死にそうなのに帰国するとは…〕、クリスマス休暇での訪米のことを、また口に出す。コナーが同意するはずがない〔それまで生きると思っている〕。「クリスマスに、ママを1人で放っとけない」。「コナー、今度の薬は…」。「ママは良くなる」。「違う。多分 ダメだろう」。「効くんだ!」。「最後の賭けなんだ」。「必ず効く。知ってるんだ。だから、来たんだ。そうに決まってる」。「来たって、何が?」。「怪物だよ。12時7分に現れるんだ」(2枚目の写真)「最初は夢だと思ったけど、いつも…」。しかし、当然、父は信じない。「コナー、やめろ。いいな? 夢なんだ。こんなことに 直面して可哀想だとは思う。だが、勇気を持たないと。分かるな?」。もう、コナーは何も言わない。祖母の家の前で、別れる時も、父が、「できるだけ早く帰る」と言ったのに対し、コナーの最後の言葉は、「もう来なくていいから〔You don't have to〕」。そう言うと、父に抱きつくが、これは、恐らく、父との長い別れを覚悟した “さよなら” だったのだろう。
  
  

父が帰ると、コナーは、一昨日 破壊した部屋の「ガレキ」をすべて袋に入れて外に出す。残ったのは、5歳の時のビデオの入った古い箱だけ。その夜、コナーが2階のソファーで寝ていると、1階から母の声がする。階段を降りて、少し開いている居間のドアを覗くと、帰宅した祖母が、残してあったホームビデオを見ている(1枚目の写真)。そこには、元気な頃の母と、5歳のコナーが映っている。母は、スケッチの描き方をコナーに教えている(2枚目の写真)〔5歳のコナーを演じているのは、Max Golds〕。コナーが、今でもスケッチブックを愛用しているのは、幼い時から母に教えてもらったお陰だ。ビデオでは、母は、目を如何に巧く描くかが鍵だと教えている。それを、コナーは、ドアの影でずっと見続ける。翌日、いつも以上に熱心にスケッチブックに向かうコナーの姿がある。コナーの心に去来したものは? 絵を通じて母と一体化すること。そうしながら12時7分を待つが、何も起こらない。遂に、コナーは怪物を描き始める。鉛筆でスケッチした上に水性絵の具を垂らし、息を吹きかけて枝を表現していく(3枚目の写真)。
  
  
  

ある日、病院で待っていたコナーは、ちらと母の病室を覗き、そこで耐えられないものを見る。髪がまばらになり、肋骨が浮いて見えるほどやせ細った母の姿だ。コナーが覗いているのを見つけた祖母がすぐにドアを閉めるが、それは衝撃だった。イチイの木の薬が効いていない! 教室でのコナーは、授業どころではない。「これから30分、テストする」と教師が言っても、ヘッドホンで音楽を聴いているコナーには聞こえない。しかし、教師は、コナーの状況を知っているので、何も言わずに答案用紙をそっと渡す(1枚目の写真)。2つ前の席に座るボスと、また目が合う。ランチタイム。コナーのテーブルには、他に誰もいない。ボスは、自分の席を立ってコナーの前に行くと、トレーの中のジュースのコップを取り上げ、それを大事なスケッチブックの上にこぼす(2枚目の写真)。怒って立ち上がったコナーの前に立ちはだかったボスは、「やっと お前のことが分かった。お前は、ぶん殴ってくれる奴を探してるだけだ。だがな、俺はもう手を引く。バイバイだ。お前なんか、もう見ない。俺にとって、お前は透明なんだ」(3枚目の写真)と、冷たく言う。
  
  
  

存在の否定は、最大の屈辱だ。コナーは怒りで震える。その時、時計は、ちょうど12時7分を指した(1枚目の写真)。コナーの背後に怪物が出現する。長く待たされたコナーは、「何やってたんだ?」と不満をぶつける。「3つ目の物語の時が来た」。そう言うと、怪物は、物語を始める。「昔々、透明であることが嫌になった男がいた。実は、男は本当に透明ではなく、人々が見ようとしなかったのだ。遂に男は我慢できなくなった。男は、こう疑問に思った。『誰も見ないなら、俺は実在するのか?』」。これは物語ではなく、コナーに対する扇動だ。「透明な男はどうしたの?」。「怪物を呼び出した」。この言葉に、コナーは叫び声を上げて、ボス目がけて爆走する(2枚目の写真)。後ろの怪物が凄まじい。実際は、怪物はコナーの想像の産物なので、コナー1人がボス目がけて走っていっただけだ。しかし、コナーは怪物と一緒だと固く信じている。だから、怖いものなしでボスに飛び掛ると、「僕は透明じゃない!」と言いながら、何度もボスを殴り続ける(3枚目の写真)。その後、校長室に呼ばれたコナーは、ボスが病院に搬送されたと聞かされる。校則では退学に値するが、家庭の状況に配慮して処罰は免除される。しかし、コナーを待っていたのは、多くの生徒たちの “恐れて避ける” 目線だった(4枚目の写真)。虐めのボスたち以外、誰からも注目されなかった時と比べ、より快適になったとは言い難い。これこそが、3番目の物語の結果、コナー自身に降りかかった悲しい現実だった。
  
  
  
  

コナーが教室に戻り、生徒たちから注視を受けていると、ドアが開いて、別の教師が入ってくる。コナーに病院から緊急呼び出しがあったと聞き、担任はコナーを見る(1枚目の写真、矢印は担任の目線)。祖母に連れられて病院に急行したコナーは、1人で母の病室に入ると、ベッドの横に座る(2枚目の写真)。母は、病状について告白する。「今朝、先生と話したの。新しい治療は効かなかった」。「イチイの木の薬?」。「そうよ」。「効かないなんて、どうして?」。「進行が早すぎたの。予想よりもずっと」。「だけど、効くはずだよ」。「分からない」。「これから、どうなるの? 次は何をするの?」。「ごめんね」。ここから、母の辛い言葉が続く。「人生で、これほど辛かったことはない。怒っていいのよ。こうして話してる自分にも腹が立つもの。でもね… 将来、もし、あなたが振り返って、怒ったことを後悔しても、誰にも謝らなくていいのよ。それに、ママ、あなたが言いたいことはすべて知ってる。大声で言わなくてもね。もし、何か壊したいなら、壊しなさい。徹底的に。ママも一緒だと思って」(3枚目の写真)。
  
  
  

病室を出たコナーは、失望と落胆が強い怒りに変わり、イチイの木の元へ全速で走る。そして、木に近付くと、「起きろ!」と何度も怒鳴る(1枚目の写真)。「何時だって知るもんか!」。そして、幹を蹴りながら、「この嘘付き!」「起きろ!」と叫ぶ。「今すぐ出て来い!」。イチイの木が裂け、怪物が姿を現す。コナーは、「効かなかったぞ! 良くなるって言ったじゃないか!」と怒鳴りつける(2枚目の写真)。そして、「ママを治せ!」と怪物の足の根っこを引きちぎる。怪物は、「わしを呼んだのは お前だぞ、コナー・オマリー」と釘を刺す。「もしそうなら、ママを救うためだ! 治すためだ!」。コナーも必死だ。「母親のために来たのではない。お前を癒すために来た」。「僕?! 僕に癒しが必要だって?! 何度 言わせたら分かるんだ?! 僕のママは…」。ここまで大声でわめくと、コナーは心が一杯になって、思い切り絶叫する。そして、急に怒りがプツンと切れたように地面に膝をつけると、泣きながら、「助けて」と頼む(3枚目の写真)。この辺りの演技は見事の一語に尽きる。
  
  
  

そんなコナーに顔を近付けた怪物は、助けるどころか、「4つ目の物語の時間だ」と無情の言葉を投げかける。「イヤだ! 僕を、ここから出してくれ!」。「お前の悪夢の時間だ」。「僕のママを返せ!」。「もう、ここにいる」。コナーが怪物の目線を見て振り向くと、教会の前に母が立っている。すると、教会が崩れ始める。崩壊した建物が墓地に当たると、そのまま地面全体が大きく陥没する。母は、陥没の縁にいる(1枚目の写真、黄色の矢印は母、赤い矢印はコナー)。コナーは、亀裂が進む墓地をかいくぐって母の元に駆け寄る。しかし、コナーが辿り着いた時には、母は、陥没で出来た深い崖の縁に手をかけ、転落する寸前だった。コナーは母の手をつかんで、落ちないように踏ん張るが、コナーの横たわっている地面そのものも崩落寸前だ(2枚目の写真)。それでも、コナーは母の手を離すまいと頑張る(3枚目の写真)。そんな絶体絶命の時に、近くにまで来た怪物は、「これが 第4の物語だ」と言うだけ。「助けろよ!」。「これが、コナー・オマリーの真実だ。これが、お前の悪夢だ」。確かに、映画の冒頭をはじめ、時々挿入される悪夢のシーンと同じだ。コナーは絶叫するが、耐えられず、遂に2人の手が離れてしまう。すべての音が消え、コナーの無念と後悔の混じった顔だけが映される(4枚目の写真)。
  
  
  
  

コナーは、ポツリと言う。「ここで目が覚める。いつも そうなんだ」。怪物は、「まだ何も語っていないぞ」と物語を要求する。「落ちちゃった。離すまいとしたのに」と悲しむコナーに、怪物は、「真実を話せ〔Speak the truth〕!」と迫る。「真実って何だ? 何が言いたい!」。「第4の物語を話せ。手遅れになる前に、悪夢について話すんだ」(1枚目の写真)。「イヤだ! 話せば殺される〔It'll kill me if I do〕!」。「話さなければ死ぬ」。「イヤだ!」。「真実を話せ」。押し問答が何度も続いた後、遂にコナーが心の秘密を打ち明ける。「終わらせたかった〔I want it to be over〕!!」(2枚目の写真)。「死ぬなんて、認めたくなかった〔I can't stand knowing that she'll go〕。終わりにしたかった。僕が落とした。僕が死なせたんだ」。ここまで言うと、コナーは自ら崖に身を投じる(3枚目の写真、矢印はコナー)。怪物は、コナーを手でつかむと地面に立たせる。「勇敢だったな。コナー。遂に お前は話した」。「なぜ殺さない? 罰を受けて当然だろ?」。「そう思うか?」。「ずっと前から分かってた。ママはもう助かるまいって。ママはいつも、良くなるって言ってたけど、それは僕を喜ばすためなんだ。信じようとしたけど、できなかった。それから、もう終わりにしたいと思うようになった。一人で孤独に耐えていることができなくなったんだ」「心の一部では、終わりにしたいと願っていた。それが母を失うことになっても」「僕が落とした。もう、支えきれなくなったんだ。僕の意思だった」。コナーは涙ぐむ。「それが お前の真実だ、コナー・オマリー」(4枚目の写真)。「だけど、やりたくはなかった。ホントだよ。でも、ママは死ぬ。僕のせいで」。怪物は、初めて、救いの言葉を述べる。「それは、真実ではない。お前は、苦痛を終わらせたいと望んだだけだ お前自身の苦痛を。それは、人間の最も普遍的な望みだ」。「けど、本気じゃなかった〔I didn't mean it, though〕」。「本気だった。だが、同時に、本気ではなかった〔You did, but you also did not〕」。「両方が真実なんて あり?」。怪物は、3つの物語を引用する。「王子は殺人を犯したが、国民に愛されたのでは? 『薬を売る男』は怒ったが、考えは正しかったのでは? 透明な男は、姿を見られて、より孤独になったのでは?」。3つの物語の意味が明らかになる。しかし、コナーの反応は、「どうかな。物語、さっぱり分からなかった」。「人間は、複雑な生き物だからな。お前たちは、真実が必要な時も、それが苦痛を伴うなら、罪のない嘘を信じたがる〔You believe comforting lies while knowing full well the painful truth that make those lies necessary〕。いいか、コナー、重要なのは『何を考えるか』ではない。『何をするか』なのだ〔In the end, Conor, it is not important what you think. It is only important what you do〕」。含蓄のある言葉だ。「僕は、何をしたらいい?」。「今、やったことだ。真実を話すこと」。「それだけ?」。「簡単だったか? 話すよりは、死にたくなかったか?」。コナーは怪物の手に抱かれ、答える気力がもうなくなっていた。「僕、疲れた」(5枚目の写真)。「なら眠れ。時間はある」。「ホントに? ママに会わなくちゃ」。「今夜、一緒に会おう」。「いてくれる?」。「いるぞ。お前の前に現れるのは、それが最後になる」。「4つ目の物語は、どう終わるの?」。怪物はそれには答えず、「眠れ」とくり返す。重要な場面なので、全訳した。それにしても、ルイスの緩急をつけた演技は素晴らしい。
  
  
  
  
  

コナーがイチイの木の根元で眠っている。辺りはもう真っ暗だ。車が停まる音でコナーが目覚めると、それは祖母だった。母が危篤状態なのにコナーがどこにもいないので、必死で捜し回っていたのだ。コナーは「僕、やるべきことがあったんだ」と言うが(1枚目の写真)、祖母は「時間がないの、すぐ行かないと」と車に急きたてる。祖母は、赤信号も無視して突っ走るが、運悪く遮断機に引っかかってしまう。「なんてこと!」と悔しがる祖母。コナーは、おずおずと、「おばあちゃん」と声をかけると、「ごめんなさい」と謝る。「リビングルームのこと、それに他にもいっぱい…」。「どうでもいいの」。コナーの顔を見て、「構わないわ」。コナーは、涙をためて、それを聞いている(2枚目の写真)。「いいこと、コナー、あなたと私、しっくりいくとはとても思えない、でしょ?」。「そうだね」。「私もよ。だけど、努力しなくちゃいけないの」。「分かってる」。「私たちには、一つだけ共通点がある。あなたのママよ」。こう言うと、祖母はコナーを抱き締める。ようやく列車が通過していった。遮断機は、2人が和解する時間を与えてくれた。
  
  
  
2人は、無事、間に合って病院に着いた。母と3人で一緒になる。コナーが母のそばに寄っていくと、母は、胸に置いていた手を何とか動かし、コナーの手を握る(1枚目の写真)。すると、コナーの背後で音がして、怪物が現れる。「これで物語は終わる」。「怖いよ」。「もちろん、怖いだろう。辛いと思う。辛く厳しいものだ。だが、お前は乗り越えるだろう、コナー・オマリー」。「いてくれる?」。「ずっとここにいる」。「僕、どうしたら?」。「お前がすべきことは、一番シンプルな真実を告げることだ〔Now all that is left is for you to speak the simplest truth of all〕」(2枚目の写真)。怪物は、コナーにとってのメンターだ。顔は慈愛に満ちている。
  
  

怪物は、コナーの体を母へと押しやる。コナーは母の手を両手で握り、涙を流しながら笑みを浮かべると、「逝かないで〔I don't want you to go〕」と話しかける(1枚目の写真)。「分かってるわ、坊や」。「お願い 逝かないで」。そう言うと、コナーは母に抱きつく(2枚目の写真)。母も、コナーの体を抱く。コナーは、涙がとまらない。そして、母のもう一方の手が伸びて、祖母の手と握り合う。別れは、悲しくも最高の形で迎えられた。母の目が怪物をとらえ、静かに息を引き取る。時計はちょうど12時7分を指していた(3枚目の写真)。怪物がいつも現れる12時7分という時刻は、母の死亡時刻だったのだ。ここで、独白が入る。コナー:「4つ目の物語は、どう終わるの?」。「少年が、母を強く抱き締めるところで終わる。それによって、母を安らかに逝かせることができた〔he can finally let her go〕」。
  
  
  

場面は祖母の家に移る。祖母がコナーを呼び止め、1本の鍵を差し出す(1枚目の写真、矢印は鍵)。「これから、そこが あなたの部屋よ。準備しておいたの」と言って、2階の部屋を示す。「ありがとう」と言って階段を上がって行き、ドアを開けると、コナーは思わず息を呑む(2枚目の写真)。そこは、母の思い出の品、母の家にあったすべての写真、そして、コナーの持ち物で溢れていた。そして、正面の机の上に置いてあったのは、母が画家を目指していた頃に使っていた1冊のスケッチブック。コナーが順番にめくっていくと、不思議な絵が現れてくる。最初は、第1の物語に出てきた登場人物、そして、第2の物語。最後のページには、ショートヘアの少女の小さな絵が中央に張ってあり、その紙を下に開くと、怪物の絵が現れた。怪物の肩には少女がちょこんと乗っている(3枚面の写真、矢印は少女)。その絵を見たコナーは、遠くを見つめるような顔で感慨にひたる(4枚目の写真)。コナーの前に現れた怪物は、母の愛が作り出したものだった。息子の苦しみを和らげ、自らの死を乗り越えて行けるようにと。
  
  
  
  

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